えとりんご

観劇の記録。ネタバレご注意を。この橋の向こうにジャコブ通り。

ジャック・ザ・リッパー ①ダニエル×グロリア

※完全ネタバレ注意

ダニエル

(達成ダニエル回が多かったので、特に記載のないものは達成ダニエルです。)
私は全く甘党じゃないので、急にフォーリンラブする流れは思わず失笑…
あぁぁっ、うぅっっ…どうしたの?胸が…痛い…えっ、いつから?君に逢った時から…
笑笑笑 そんなことあるかよ!って感じで背中ムズムズするんですが、目がキラキラで(特に達成ダニエル)大きな夢を抱いて全世界を味方につけて(味方と信じて)歩んできた人生で、だからこそ色恋知らず、駆け引きとか恐れもなく、自分の衝動にまっすぐ突き進む感じなんでしょうね。
ここで終わっていれば背中ムズムズで終わってましたが、そのあと更に追い討ちかけるように「み~んなきいてくれ僕のはなっし♪」…世界の中心で叫ばずにいられない愛と喜びがあまりにも真っすぐすぎるので、笑いながらもそうかいそうかいそれは良かったねぇ嬉しかったねぇと応援の拍手したくなりましたね。1幕は私の好みの男性像とは違うので全く刺さらないんですがね笑 

二幕の狂気ぶりはすさまじい。
悪魔との取引に冷や汗をかくところも、純粋に愛を貫く青年も、狂気に支配されて凶行に及ぶ場面も、徐々に狂気が自分のものとして増幅していく場面も、良心との葛藤に悶える場面も演じ分けている。一番くぎ付けになったのは、机の端に崩れ落ちながら「誰か揺すって起こして~」と歌うところ。自分が落ちてはならない闇に落ちていく自覚を持ちながら、もう自力では後戻りできない悲痛な叫びが辛すぎました。でもそこで、「ほんの少し眼を瞑れば~」と顔を覆った両手を外した後、両目を見開いて目の中にギラギラと光を集め、自らの内にある狂気を生み出していくところが強烈な印象でした。操られているのではなく覚悟を持って狂気を選びにいってましたね。
達成ダニエルはキラキラエリートで、今まで何でもできたであろう万能感があって、だから初めての愛を諦めることができず、何が何でも自分の手に戻そうとするうちに倫理を外れてしまい、最後まで葛藤もするんだけど、それでも愛を手放すことはできなかったんだろうな。賢章ダニエルは、もっと積極的にジャックとの取引に応じている雰囲気があった。頭がいい科学者であるがゆえに、グロリアを助けるためにはその方法しかないという決断を早い段階でしている感じ。そして犯行を重ねるうちにその快楽に目覚めていく狂気がより強く宿ってましたね。契約成立!の場面で、ジャックが高笑いするのは同じだけど、賢章ダニエルが顔を上げて力強く握手しているのに対して、達成ダニエルは顔面蒼白で生唾を飲みながら俯き気味に握手をしていたのが印象的。
ただ欲を言えば、私が甘党でないせいで、そこまでの狂気を生み出すほどグロリアを救いたい守りたいと思う説得力がな…っていう違和感が残ってしまうので、出会いの場面とか宝物になる時間とかにもっと奥行きがあればなお良かった。最初から恋人設定でもいいので、愛に狂う必然性をもっと一緒に感じたかったな。
 
 そう言えば最初に見た時、ダニエルが言っている言葉のどれが真実でどれが嘘なんだ…と混乱しましたが、結局ダニエルは真実しか話していないんですよね。いやまぁグロリアに内臓の弁明をするところは嘘ですが。
ジャックのインパクトが大きすぎるので、何度見てもついうっかり忘れてしまうんだけど、ジャックの姿はダニエル以外には見えていないんですよね。そしてダニエルは逆に、ダニエルにしか見えていないことを知らない。だから我々が二幕で見ているダニエルとジャックの共犯シーンは、客観的に見ると一幕冒頭のシーンでしかない。ダニエルが娼婦を品定めして連れ去って殺害…、しかも最後はダニエルが内臓を手に一人で狂って笑う声につながる。それを想像すると狂気以外の何ものでもないわけで、時々うすら寒くなりますね。
ダニエルが正気に戻ると、自分の罪(と言っても共犯部分だけの罪)の意識にさいなまれ、ジャックの罪を隠していることにも耐えられなくなってくる。
アンダーソンに言う「必ず捕まえてください」は騙したわけではなく、真実の叫びなんですよね。その時点のダニエルはジャックは別人だと思ってるわけだから、本気でジャックが人を殺すのをとめてほしい、そのジャックにいわば脅迫されるような形で内臓を取り出すところだけやらされている自分もとめてほしいと願っているんだよね。ジャックが人を殺しているのは、ダニエルの要望のためであって(しかもお金渡して契約している想定)、人殺しをやめてほしければ要望を取り下げて契約を解消すればいいんだけど、ジャックはダニエルが内臓を求めている限りは脅迫を続けるだろうし、でもダニエルが自主的に心の底から内臓を諦めることはできないから、何とかして誰かにジャックを捕まえてもらって、強制的に悪夢を終わりにしたいってところですかね。ということは、ダニエルは気づいてないけれど、「ジャックを捕まえてください」を翻訳すると、内臓を求める気持ちが残っている限りは、自分が自覚しないところで人を殺してしまうから、殺害衝動が生じたときに自分をとめてくださいという、無理難題すぎる願いだったということですね。
とまぁ随分長くダニエルを振り返ってしまいました。最後に、甘党でない私としては、胸が痛い…のところはあまり響かないけど、響いたダニエルシーンを書き出しておこう。さっきも言った、「誰か揺すって起こして~」のところ。あと、グロリアがダニエルの凶行に気づいて神に祈りを捧げる歌を聴いて、ダニエルが扉にもたれたまましゃがみ込むところ。そして、二幕最後のカオスで、ダニエルが撃たれた後の一連のシーン。最後に指を伸ばして届き切らないところが切なかったですね。配信では、撃たれて床に倒れ込んだ直後にグロリアの方を振り向く顔がアップで映ってたんだけど、これが絶品でしたねぇ。

グロリア

グロリアは未来あるエリート医者の卵という肩書への打算とか、今置かれている身分からの脱却も考えているけど、でも口にしている野心よりも実は諦めの方が大きくて、自分はけしてそんなお眼鏡にかなう女ではない、どうせこの生活から抜け出せるわけがないという諦めが根底にはありそうなので、大丈夫その根拠なく無敵感満載の男を信じてついていきなって応援したくなりますね。
娼婦仲間がグロリアの抜け駆けを嫉妬して邪魔しにきたのかと思いきや、男前なほど飾り気なく穏やかに旅立ちを祝いにきているのがとても泣けました。
2幕では自分がダニエルを狂わせていることに悩む。グロリアにはジャックの姿は見えていないわけで、人を殺すところからダニエルの仕業なわけですもんね。内臓を持ち帰ったダニエルの様子があまりにおかしい上に、後を追ってみたら、見てはいけないものを見てしまったということなんでしょうか。目撃してしまったグロリアの心境を思うと、そりゃあもう発狂しそうですよね。低く暗く響き渡る歌声が哀しい。
グロリアは事件の次なる犠牲者になったとも言えるけど、新たな犠牲者と愛する人の更なる罪を体を張って阻止したわけですよね。愛するダニエルを狂気から救い出すため、ゆすって起こすための手段があれしかなかったことが切ない。
娼婦として生きざるを得ない背景は分からないけれど、せっかくその暮らしから抜け出せるはずだったのに、求めることすらしなかった本物の愛を手に入れたのに、初めて与えられた愛が深すぎて悲劇の結末しか選べなかったことが辛すぎる。
たとえダニエルとの出会いがなくても、ジャックとの闇取引をしていなくても、どこに進んでもグロリアが明るい人生を手に入れることはできなかったんだろうなと思わせる悲しみがあった。彼女に最後まで救いを与えていないことがその時代のその階層の理不尽さを象徴していると感じました。