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観劇の記録。ネタバレご注意を。この橋の向こうにジャコブ通り。

③ ランスロット×グィネヴィア×ガウェイン

「キングアーサー」の考察第3弾です。
(ネタバレご注意ください。第1弾、第2弾はこちらからどうぞ。

キングアーサー① アーサー×浦井健治 - えとりんご

キングアーサー② メレアガン×モルガン×ダンダリ - えとりんご

ランスロット
 これはもういわゆる美味しい役。容姿に恵まれ、剣術にも秀で、忠誠心から王の覚えもめでたく、非の打ちどころのない人物でありながら、道ならぬ恋に捕らわれ、忠誠心と愛との葛藤を見せる騎士。これは嫌いな人はいないやつですね、はい。倫理的に是か非かと言われれば非だが、その非はなぜかグィネヴィアに向きがちで、ランスロットは肩を持ちたくなってしまうから不思議だ。
 太田基裕さん演じるランスロットは、登場の瞬間から見目麗しく、真っ白な衣装とマントが似合う正統派王子様だった。出会いがやや淡白なので、道ならぬ道に踏み入ってしまう説得力に欠ける部分があるが、気づいたときには戻れない深みにはまってしまった様子はよく表れていて、美しい眉根を寄せて「これは愛ではないと 心を欺いて」と狂おしく歌う表情はとても切なかった。
 平間壮一さんは情感たっぷりの演技が見事だった。花嫁衣裳の支度をするグィネヴィアに伸ばす手が切なく、また婚礼の式でアーサーとグィネヴィアが誓い合った後、「その誓いの…証人となります」という台詞があるが、「その誓いの」のあとの間がたまらなく切なかった。時間にすればわずか1秒ほどだと思うが、深い葛藤が詰まった1秒だった。
 私は正統派王子様系が好みなわけではないが、理性と愛の葛藤にもがきながら、溢れ出る感情の爆発が大変に好みなので、ランスロットの苦悩はとても良かった。最後の「愛とはなんて愚かなもの…」の歌詞が刺さる。確かに、なんて愚かなものなんだろう。理性で考えれば全く無謀で、どう考えても踏み出してはいけない茨の道だった。だが、そんな理性で抑えられるなら初めから抑えていたわけで、抑えきれない衝動に駆られるからこそ、愛がこれほどまでに愚かで、そして美しく尊いのだろう。

 というわけで、ランスロットの哀愁はとても良かった。欲を言えば、2人がフォーリンラブに至る過程をもう少し細かく描いてほしい気はした。許されない愛と知りながら落ちてしまう必然性がもっとあれば、二人の苦悩にもっともっと共感できただろう。また、ランスロットとアーサーの信頼関係についても、もう少しエピソードが欲しかったなとは思う。アーサーを絶対に裏切る訳にはいかない恩義があるうえで、その忠誠心と王妃への愛との狭間で葛藤に悶え苦しむランスロットが見たい笑

 

グィネヴィア
 アーサー王伝説を原作とする物語に難点があるとすれば、グィネヴィアに感情移入しづらい点だろう。様々な男性に愛されるのはいいのだが、アーサーを運命の相手と感じたのも束の間、ランスロットのことが頭を離れないという展開に、なかなか観客はついていけない。とはいえ、原作のあらすじはいかんともしがたいので、なるべくグィネヴィアを非難しすぎず、彼女の心情に寄り添って考察してみたい。
 まぁね、アーサーとランスロットとついでにメレアガンという各タイプの最強男子が次々現れ、どいつもこいつも求愛してきたら、う~ん選べない~となる気持ちも分からんでもない。だがしかし、アーサーはブリテン王国の王であり、自分は王妃であることを考えれば、ランスロットに心が揺れることは許されず、しかもそれを堂々と発信するのは色々問題があるよねと。初対面の場面で歌う「どうしたの~この心は~ この気持ちは何なの~」(歌詞うろ覚えです)には、客席からずり落ちそうになった笑 いやいや待て待て、それはいかに何でもチョロすぎるやろ!え、今の数分にそんな落っこちる要素ありましたっけ?! 更にランスロットが旅立つ場面、最も切ないシーンではあるのだが、ランスロットが思いを口にしてはいけない、もう目を合わせてはいけないと必死に気持ちを押し殺そうとしている中でのグィネヴィアの台詞、「私の心が聞きたがっています!あなたの魂が言いたがっているその言葉を」。以前、とある作品でキャストさんが「告白しやすい雰囲気を作る女性は怖いと思ってしまう」という考察を書かれていてめちゃくちゃ笑った記憶があるのだが、これもまさにそうで、言ってはいけない言葉を敢えて言わせるグィネヴィアに無自覚の魔性の女感を感じてしまうが、煽られて思いを伝えてしまうランスロットが何とも真っすぐで青くて若いよねと。 …いかんいかん、非難ではなく、彼女の気持ちを理解しようというのがこの考察の趣旨だった笑
 まぁメレアガンは仕方ない。家が決めた婚約者であってグィネヴィアの気持ちは尊重されていなかったのだろう。アーサーは、自分を危機から救い出してくれたヒーローであり、おとぎ話のように偶然舞い降りた王だったわけだ。それこそ夢に聞かされていたシンデレラストーリーなわけで、ましてや王が悪い人間でもなく、何の落ち度もないので、その平和で穏やかな道のりが愛であり幸せだと信じて疑わなかったことだろう。しかし、そこに踏み込んできたのがランスロット。アーサーへの穏やかな感情とはまるで正反対の、抑えてもこみあげる衝動に戸惑ってしまっている。愛は理屈ではないわけで、この人を愛さなければと思っている時点でその愛は本物ではないし、「これは愛ではないと 心を欺いて」自分の気持ちを押さえつけている時点でその愛に溺れているわけで。グィネヴィアにとっても男性達にとっても不幸だったのは、出会う順番が逆になってしまったことだ。
 グィネヴィアは裁判で「私をお許しにならないで下さい」と言う。ある意味では最もはっきりとランスロットへの愛を告白している言葉だと感じた。これを正面から聞かされるアーサーの切なさよ…。
 グィネヴィアはあの後どう生きていくのだろうか。生涯にわたって自分の犯した罪を背負い、アーサーの寛大な慈悲に感謝し、そしてランスロットへの永遠の愛を胸に、静かに懺悔の日々を過ごすのだろうか。「こ~んなに美しいのに、守ってくれる騎士がいないとでもお思い?」という声が聞こえてきそうだし、実際に騎士に志願する者はあの後も沢山現れそうだが、さすがのグィネヴィアももう誰も選ばないだろう。誰かと結ばれることだけが幸せではない、というのは現代の感性であって、当時の感性では一人老いていくことはやはり相当の社会的制裁であっただろうから、火あぶりの刑は免れたものの、国から追放され、結婚を事実上断たれるのは過酷な人生と言えるだろう。因果応報、前世からの因業といったものが根底に強く流れているストーリーの中で考えると、グィネヴィアが象徴的に背負わされている運命は重い。キリスト教で言うところの原罪に通じるものがあって、人間誰しもが持つ浅はかな弱さを感じ、非難の手を降ろしてどこか同情したくなるような、そんな思いを抱いた。

 

ガウェイン

 今回、キングアーサーダービーがあったとしたら(そんなものはない)、大穴万馬券となったのは間違いなくガウェインだろう。プリンシパルとして役名はあるものの、あらすじを見てもどのような役柄か分からなかった。この作品は、全体のストーリー展開はもちろん、殺陣やアクロバティックダンスやメレアガンの闇落ちメイクやらと見るものが多すぎて観客は非常に忙しい。その中でなぜか強烈に目を奪われる存在、それがガウェインだった。劇場内でもSNSでも、連日その名が話題に上っていた。ガウェインの役どころのせいか、演じる小林亮太さんの演技力か分からないが、百戦錬磨のミュージカルファンの心を鷲掴みにしてなぎ倒していく様はなかなかお目にかかれない痛快な光景だった。あれだけのダンスや歌がある中で、ガウェインは歌うわけでも派手に踊るわけでもない。華麗な殺陣は見せるが、むしろ王のそばでじっと控えていることの方が多く、ニコリとも笑わない。にも関わらず、あれだけの存在感を出せるのはどうしてなのだろう。 多くの人が「どうしたの~この心は~。この気持ちは何なの~。あぁグィネヴィア様、先ほどの失言はお許し下さい!」みたいな気持ちになったに違いない笑笑
 ガウェインは円卓の騎士の一人であるが、アーサーがエクスカリバーを引き抜く前から、騎士の戦いを取り仕切っていて、アーサー王誕生後も筆頭の騎士のような立場のようだった。目ヂカラが強く、アーサーに対して王としての資質を見極める目、グィネヴィアやランスロットに向ける目は常に鋭い。ミュージカルでは、内に秘めた心情を楽曲に乗せて盛大に吐露するのが醍醐味なわけだが、ガウェインは1曲も歌わないので、その胸の内は一切分からない。だからこそ、ついつい彼の視線や仕草の意味に思いをめぐらせてしまった。
 まず冒頭で、王になりたてのアーサーに対して剣術の手合わせをするのだが、殺陣が華麗で、その凛とした姿勢や絶妙な間合いにも惹きつけられる。続く台詞はやや意味ありげで、「我々はエクスカリバーの選択に従います」「どんな肩書であれ、その肩書に見合うためには努力が必要です」。まだ、王としての資質を見極めている途中のように思えるが、王への忠誠心は持ち合わせており、出陣を命じられれば即座に部下に命を出す。
 グィネヴィアやランスロットとの初対面の場では少し警戒心が見える。特にランスロットがアーサーの騎士を志願する場面では、王妃と知らずに軽率な発言をしたことを受けて、アーサーがグィネヴィアに「それで君は何と答えたんだ?」と尋ねる場面があるが、その時のガウェインは姿勢は崩さずに、そっと剣に右手をかける。答え方いかんでは切りかかる用意をしているということか。
 また、聖杯を探す役目を指名する場面、王が「最も勇敢で正直な騎士のみが聖杯を見つけ出すことができる。ランスロット!自信はあるか?」と聞くのだが、その時ガウェインはそっと目を閉じる。アーサーの信頼を得ているのは自分だと思っていたのだろうか。ランスロットが任命されたことが腑に落ちていないのかもしれない。
 このように、ガウェインの視線や手の動きには様々な感情が見える。ただ、それを表に出すことはあまりなく、与えられた役割を過不足なく全うしている。

 ガウェインがこれほどまでに多くの人の印象に残る理由はまだ明確に分からずにいるが、一言で言うと「騎士道精神」だと感じている。心中は色々な思いがありそうだが、忠実な臣下としての誇りと自負が見えるのが非常によかった。本人にまつわるエピソードが一切ないので生い立ちや背景は分からないが、醸し出す雰囲気から、常に信念を貫き通す硬派な印象があり、ストイックな鍛錬からくる確かな剣術、王への忠誠心、曲がったことを是としない正義感といったものを感じ取れた。そう考えてみると、この作品の他の主要人物は皆どこか揺らぎがある。闇に落ちるダンダリ団、背徳の愛を選ぶグィネヴィアとランスロット、全ての元凶のように思えるマーリン、アーサーは何も悪くないが成長する過程で終始迷いの最中にある。唯一ぶれずに一本気を通しているのがガウェインだと言える。騎士道精神、信念の男…、こういったものが放つ気高さは今もなお、いやもしかするとこのような時代だからこそ、人を惹きつける稀少な価値があるんだろうなと感じた。
 そしてさらに感じたのは、ガウェインが忠誠を誓っている相手は必ずしもアーサーではなく、ブリテン王国であり、エクスカリバーであり、神なのだということ。だからこそ、ぶれることのない崇高な信念を感じる。冒頭では、エクスカリバーの選択に従うと誓っているものの、まだアーサーの資質を信じ切ってはいなさそうだ。そこから鋭い観察を通して、アーサーの1人の民をもないがしろにしない姿勢、自ら戦地に赴く勇気、円卓の騎士を集めてより良き国づくりを目指す理念(絶対君主的な政治ではなく合議制を目指すという画期的な政治体制だったのだと理解している)に触れながら、ガウェインの中ではブリテン王国への忠誠とアーサーへの忠誠が徐々に一体化していったのだろう。最後の場面において、ガウェインは信頼を裏切った王妃とランスロットを糾弾しており、焼き殺すべきだという最も厳しい進言をしている。ブリテン王国への忠誠を第一と考えるガウェインにとっては、許すまじき背徳行為だったのだろう。しかし、アーサーに諫められ、王の決意に満ちた演説を神妙に聞くガウェイン。演説の後、いつものように「ビベレ ロイ アーサー!!」の声を発するのだが、その最後の一声はそれまでよりさらに魂がこもっていた。ガウェインの中で、ブリテン王国への忠誠とアーサーへの忠誠が完全に一致し、二人の信頼関係が強固なものとなったことが感じられて、とても胸が熱くなった。

 今回、この「キングアーサー」が非常に良かったので、「アーサー王伝説」の原作も読んでみたいと思い至り、まずは人物の相関図から眺めてみた。すると、ガウェインはアーサーの甥とあり、異父姉モルガンの息子と書かれていた。 ?!?! そうだったのか??確かに本作のPVでも「アーサーの甥ガウェイン」と紹介されている。それはまた、業を感じる生い立ちではある。原作では、更にランスロットとの関係など、興味深い展開が続くようなので、少しずつ読み進めてみたい。
 また、本作においては、錚々たる豪華俳優陣の中で一際存在感を放つ演技を見せてくれた小林亮太さんに盛大な拍手を送りたい。今後の活躍が楽しみな俳優さんに出会えたことに感謝している。

 

おわりに

 ここでは書ききれなかったが、石川禅さんのマーリンもさすが安定の演技で、東山光明さんのケイもコミックリリーフを軽やかに演じていて素晴らしかった。そして、忘れてはいけないのはオオカミとシカの名演技。舞台で神話のファンタジーの世界観を出すのは非常に難しいと思うが、動きが動物の特徴を捉えていてだんだん守護神のような神聖な存在に見えてきた。特に1幕の玉座で二人(二匹?)でしなやかに舞を披露する場面や、2幕でアーサーを導くように塔の上に登って雄々しく見下ろす場面が印象的で、またオオカミがエクスカリバーを背中のさやに自分で入れる動きがとてもかっこよかった。

 3回にわたって大変アツく語ってしまった。まだしばらくキングアーサーロスと戦う日々が続くだろう。また近いうちに再演で出会えることを今から楽しみにしている。素晴らしい作品を有難うございました。

 

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 なお、これは全くの余談だが、数年前、我が子と世界史の勉強をしている中で偶然見つけたサイトに、アーサー王伝説を紹介する講義録があった。当時は私もアーサー王について何も知らなかったが、強烈に印象に残る話だった。今改めて読むと、アーサーやガウェインが浦井さんや小林さんで再生されて、ますます親近感を持って読めた。私の拙い長文ブログをここまで読んで下さった方であれば、きっとお気に召していただける話ではないかと思うので是非紹介したい。「キングアーサー」のネタバレには全くならないが、「アーサー王伝説」の一部ネタバレにはなるので、その点ご留意いただいた上で興味ある方はどうぞ→ 最初の授業


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