えとりんご

観劇の記録。ネタバレご注意を。この橋の向こうにジャコブ通り。

キングアーサー② メレアガン×モルガン×ダンダリ

「キングアーサー」の考察第2弾。前回(キングアーサー① アーサー×浦井健治 - えとりんご)に続いて、メレアガン&モルガン編です。

(ネタバレご注意ください。なお、観劇した回のメレアガン配役は伊礼彼方さん1回、加藤和樹さん4回のため、加藤和樹さんの印象が強めのレポになっています。)

 

メレアガン

最強の騎士メレアガン

 最強の騎士メレアガン… しかし我々は、冒頭の数分間を除いて、彼の最強の勇姿を見る機会はほぼなく、負けてボロボロになっていく姿を見るのみだった。それでもほとばしる色気と狂気に非常に惹きつけられた。恐らくは純粋に剣術を磨き、強さを追求してきたのだろう。実力で言っても人望で言っても、王になるのは自分がふさわしいと思っていたに違いない。元々は武力で全てを駆逐しようといった暴君ぶりが見えるわけでもないので、実際に王になれば、国や民のことを考える聖人君主になれたのではないか。
 そもそも、メレアガンは悪役の位置づけではあるが、前半の彼の主張はもっともなことでもあって、騎士の戦いに優勝した者がエクスカリバーを引き抜く資格を与えられるとされていて、その戦いに優勝したからこそ剣に触れられたのだ。それを、戦いに勝ってもいない、ましてや騎士でもない、ぽっと出の男がやってきて、運命だと言われながらエクスカリバーを引き抜いてしまうのだから、メレアガン目線で見るとそりゃあ理不尽なことこの上ない!しかも誰もその理不尽さに言及する者はなく、皆エクスカリバーの選択に従い、アーサーを王だと崇めているので、メレアガンは怒りに震えている。歌詞にもあるが、プライドが砕かれた悔しさがひしひしと伝わってきた。その心の穴に付け入ってきたモルガンにうまく転がされて、どんどん闇に引きずり込まれてしまうメレアガン。人間の弱さや悪に転落するときの心理を垣間見るようだった。
 特に2幕でアーサー達がサクソン人を制圧した後にメレアガンが歌う歌が悲しい。こちらの背筋がビビーンと伸びるほどの超音波高音を披露するメレアガン。(伊礼さんも加藤さんもどこからあんな高音出るのでしょうね。千秋楽でも掠れることなく歌い上げていて驚愕でした。)モルガンにその憎しみを解き放つよう誘われ、徐々に闇の世界に飲み込まれてしまう。曲の構成と芝居歌が素晴らしく、高音が悲しみを表現し、低音が怒りや恨みを表現しているようだった。冒頭の「二度と~~」と歌う高音は魂の叫びのような嘆きの咆哮にも聞こえ、地を這うようにうずくまるメレアガン。そこから、モルガンの手にからめ取られて顔を上げた瞬間、恨みに目が据わっていき、口元には不穏な笑みを浮かべ、フレーズごとに音程も少しずつ下がっていく。最後の「残らなくても構わない!!」はドスの効いた低音で、地中から響くシャウトのような声だった。メレアガンの中に何かが誕生してしまった瞬間だった。
 その後、更に完全に闇に落ちたメレアガンは、もはや何が正しくて何をしたいのか見失っているように見えた。本来、国王になったならば国のため民のため何をするべきかを考えなくてはならないし、グィネヴィアと結婚したいならば愛と幸福を考えなくてはならない。しかし、メレアガンが求めているのはそういった本質的なことではなく、国王、エクスカリバー、妻といった外形的なものになってしまっているようだった。冒頭の騎士の戦いの時には、破ったレオデグランス公に対して、剣を手渡しで返して礼をしていたメレアガンが、最後の戦いでは決着がついた後に短刀で切りつけるという行為に出ており、最も大切にしていたはずの騎士としての魂までも悪魔に売ってしまったのかと思うとやるせない気持ちでいっぱいだった。

 メレアガンは可哀想でならないのだが、ただ、ことグィネヴィアへの愛に関して言えば、どうなのだろう。メレアガンはグィネヴィアが自分の婚約者だと言い続けているが、グィネヴィアの揺れ動く乙女心の中にメレアガンに揺れる要素が微塵もないのが哀れだった。グィネヴィアとアーサーとランスロットの間で燃えるような三角関係を争っている隣で、一人外野で無関係に何か叫んでいるメレアガン…みたいな可哀想な構図が浮かんでちょっと切なくなった。
 しかし、そうなる理由は、メレアガンのグィネヴィアへの気持ちが本当に愛と呼べるのかという点にある。グィネヴィアも口にしているとおり、それは愛ではなくて支配欲ではないのかと。グィネヴィアを大切にしたいとか愛し合いたいといった感情があったのだろうか。妻という勲章がほしいだけ、しかも憎むべきアーサーに取られたから奪い返したいというライバル心で執着しているだけなのではないか。強引に迫れば迫るほど、相手が心を閉ざしてしまう悪循環に気付いておくれ…。物理的な強さだけが強さじゃない。奪うだけが愛じゃない。力でねじ伏せることは強さでも愛でもない。生まれ変わったら、愛を与え合い、双方向に感情を通わせ合えるような人に出会ってほしい。メレアガン、もう戦わなくていいよ…安らかに眠れ…

メレアガン×アーサー

 前回のアーサー編でも書いたが、自分が大切にしていたもの、信じていたものを理不尽に奪われ、自尊心を傷つけられたという点では、アーサーもメレアガンも同じだ。もっと言うとモルガンも同じだ。
 失ったものへの愛や信頼が深ければ深いほど、悲しみも怒りも大きい。それを失った時、憎しみに塗れて闇に落ちていったメレアガンとモルガン。闇には落ちず、悲しみを飲み込んで生き抜くアーサー。この対比がとても良かった。

 人が極度の悲しみに直面した時(例えば不治の病の告知や愛する人との死別)、その喪失の心理状態はいくつかの段階を辿るという。
 否認、怒り、取引…
 「何かの間違いだ」「こんなことが起こるはずがない」という否認、「なぜ自分だけがこんな目に遭わないといけないのか」「この元凶をもたらしたやつを許さない」という不当感からくる怒り、「元に戻してくれるなら何でもする」「せめて○○だけでも」とすがりつく取引…。メレアガンを見ていると、見事にこのプロセスを辿っていて、そして無限にループを続けている。普通なら無力感からどこかで諦めがつくかもしれないが、なまじ最強の騎士であるだけに、力技で元に戻す選択肢をとれるのが不幸だったのかもしれない。どんな手を使ってでも、自分が信じていた「あるべき世界」に戻すのだと。光の世界を目指した結果、どんどん闇の世界に沈んでいくのが哀しかった。

 ところで、先ほどの喪失のプロセスにはまだ続きがある。
 否認、怒り、取引、抑うつ、受容。
 悲しみが避けられないことを悟り、無力感や喪失感に陥る抑うつ。そしてその先にあるのが受容。取り戻せない悲しい事実を受け入れ、新しい現実と共に生きることを決意するということ。
 アーサーは、否認、怒り、取引の無限ループから脱出して、この受容のプロセスに辿り着くことができた。それは決して簡単なものではない。愛や希望が大きければ大きいほど時間がかかる。だが、アーサーが声なき慟哭を見せた後に静かに立ち上がる時、表情も目の色も変わっていくのが印象的だった。個としてのアーサーの光は消えたままかもしれないけれど、王としてのアーサーは闇には落ちない。運命の名の下に悲しみを受け入れることができて、運命の名の下に自分がなすべき道を見定めることができたのだろう。
 メレアガンにはもう少し時間が必要だったのかもしれない。時間が悲しみを癒す前に、自分の強い武力とモルガンの魔の手に絡め取られてしまった。もし、どん底まで落ちて深い悲しみを知った上で、もう一度正義の心で立ち上がるメレアガンがいたとしたら、それこそまさしく最強の騎士としてアーサー王ブリテン王国を守る騎士として生まれ変われただろう。そう思うと、運命の無慈悲さに涙を禁じ得ない。メレアガンが振り絞って歌う絶命の歌、「俺は必ず帰ってくる」…どこかにそういう未来があることを信じたい。

 

モルガン

 モルガンはこの物語においてとても重要な人物である。この作品はもちろんアーサー王の成長物語だが、見方を変えるとモルガンの物語とも言える。彼女の負のエネルギーが物語を動かしている。アーサーの出生に絡む重大な秘密を知っていて、その秘密に長く傷つけられ、その復讐のために人生の全てを捧げているモルガン。いわゆるヴィラン系の悪役とも言えるが、そのような人生を辿ってしまった経緯が辛く、憎み切れない魔の魅力を持っていた。
 モルガンを演じるのは元宝塚トップスターの安蘭けいさん(愛称とうこさん)。個人的にはお初にお目にかかったのだが、なにしろ、とうこさんが放つオーラが圧巻で、さすが元宝塚トップ!と唸るほどの歌唱力と場の支配力だった。1幕後半まで出てこないのだが、語り部として登場してきた時のアクの強さは場内の空気を変え、その後のモルガン軍を従えた曲は、とうこさんの単独ライブが始まったのかと思うほどの圧倒的オーラだった。ああいったオーラはどこから生まれるのだろうか。歩き方、振り向き方、肩や腰の入れ方、目線の飛ばし方、目線の残し方、一つ一つの仕草に魅了されて、うっかりダンダリ団の一味に引き込まれそうだった笑
 モルガンが全てを狂わせているので、悪役感満載なのだが、そもそもの元凶となっている少女時代の傷を思うといたたまれない。原作の伝説とどれほど一致しているのか分からないのだが、モルガンの傷は、現代であればPTSDと診断されるのではないだろうか。神話時代にはない概念だろうが、しかるべきケアを施してあげた方がいいと思った。残念ながら神話時代にそんな体制はないので、トラウマを抱えたまま大人になり、復讐の権化と化してしまっている。
 開幕前の予想に大きく反して、モルガンは大ナンバーをいくつも歌う。稽古場動画の時から評判だったダンダリも一度聞けば耳から離れないし、語り部の歌、子守唄、どれもうっとりするほどの美声だったが、私が一番好きなのは結婚式の曲だ。アーサーとグィネヴィアの結婚式が厳かに始まったかと思うと、辺りが真っ暗になってモルガンの歌が始まる。あまりの美声に聞きほれてしまうし、結婚式で是非歌ってほしいと思うほどのヒーリングミュージックだったが、よく聞くと憎しみと恨みに満ちた歌詞なので結婚式では決して歌ってはいけない歌だった。そしてその憎しみの中には果てしない哀しみが見えた。

 苦しみが無邪気さを殺し
 夢見る心砕き
 誰も信じられない
 気づけば愛する心さえなくしてた
 一人で闇を生きる
 それが私

 愛と憎しみの絶対値は同じでプラスとマイナスの符号が反対なだけ。モルガンの母親への愛、父親への愛、それまでの平和な日常への愛。それがとても大きかっただけに、失った時の憎しみも同じ大きさになってしまったのだろう。とても辛くて切ない。

 復讐だけを生きがいとし、夢見たとおりの復讐をちゃくちゃくと果たすモルガン。けれどもモルガンの物語の最後にもたらされたのは、まさかのアーサーの慈悲だった。お腹のモルドレッドに向けられたアーサーの子守唄に動揺し、アーサーからの愛ある言葉と抱擁に初めて表情が柔らかくなる。場内もシーンと静まり返るあの場面が本当に大好きだった。アーサーの包容力にも心動かされるし、モルガンの表情の変化も素晴らしい。アーサーに抱きしめられたモルガンの瞳が涙で潤み、般若のような表情が少しだけ穏やかになり、固く結んでいた心がほぐれるかのように両手がアーサーの背中を掴み…そうになるところで、モルガンが最後の力を振り絞って振り払う。アーサーを振り返るモルガン、そこでは目は合わずモルガンは去るが、その後で今度はアーサーがモルガンの後ろ姿を見送る。視線は合わないが、アーサーはモルガンの凍りついた心を少しだけ溶かすことができたのだろうか。切なく辛い中でもじんわりと温かい光景だった。もう一度結婚式の歌を思い出す。

 いつかお前を許せる日が来るのだろうか
 あの愛の眼差し
 私を見るなら…

 あぁ、モルガン…。アーサーの慈愛を胸に、どうかモルドレッドと幸せに過ごしてほしい。優しい子守唄を歌ってあげてほしい。ただ…、アーサー王伝説の原作を知っている人は、この後の展開を思うと心が抉られる思いがするだろう。「運命は複雑に絡み合っています…」そう、運命はまだ複雑に絡み合っているのだ。どうかどうかアーサーもモルガンもモルドレッドも運命を乗り越えてほしい。

 

(次回に続きます。)

 

<関連レポ>
キングアーサー① アーサー×浦井健治 - えとりんご

キングアーサー③ ランスロット×グィネヴィア×ガウェイン - えとりんご