えとりんご

観劇の記録。ネタバレご注意を。この橋の向こうにジャコブ通り。

ストーリー・オブ・マイ・ライフ② アルヴィンとトーマスの物語

ストーリー・オブ・マイ・ライフの感想その2です。ネタバレご注意ください。

そこにない物語

 「そこにない物語を探さないで」。この作品が示す最も重要なメッセージのようにも思えるアルヴィンの台詞。一見冷たい拒絶のようにも聞こえる言葉ではあるが、忘れてはいけないのは、これはトーマスが自力で辿り着いた答えだということ。トーマスの胸にちくっとした痛みは残るかもしれないが、本質的に大事なのは生きていたアルヴィンで、なぜ死んだのかを追及する必要はない。アルヴィンならきっとそう言うに違いない。ましてや、自分がその死の原因に関わりがあったのではないかとか、防ぐことができたのではないかなどといった自責の念にさいなまれる必要はないのだと。
 トーマスがアルヴィンの死を受容し、アルヴィンの心と一体化できるところまで向き合うことができたなら、もはや「そこにない物語」を探すことはしないと思う。二人の間にあった物語で十分に満たされ、生涯アルヴィンを誇らしい親友として思い続け、自分の心の中に生き続けるアルヴィンを大切にし続けることだろう。
 もう一つ、この作品から示唆を得るならば、日常的によくやりがちな、本人が語ってもいないことを憶測で作り上げるような行為への痛烈な批判でもあると感じた。やや幼くも見える無邪気なアルヴィンが、誰よりも本質を突いた発言をすることで、トーマスも観客も劇場の空気もしんと張り詰めるこの場面がとても好きだった。

バタフライ

 トーマスが歌うバタフライはストーリー・オブ・マイ・ライフの中でも名曲だと思う。前途洋々、自由な空へと飛び立っていこうとするトーマスに対して、途中からみるみる表情を曇らせてしまうアルヴィンに、私は釘付けになってしまった。なぜ?アルヴィン、どうして…?
 小さな羽ばたきが大きなものを動かし、滝を越えて海に辿り着く…トーマスが言葉にしたのは、トーマス自身のことではなくアルヴィンのことだと私は思えたから、逆に感動して聴いていたぐらいだった。アルヴィンの感性が、トーマスに大きな影響を与えていて、さらに世間にうねりのように伝わっていく。アルヴィンの感性に対するトーマスのリスペクト、もっというと羨望の表れでもあると思った。トーマスにとって、アルヴィンこそが、滝を越えずに留まっていても、自分を動かし、世界を動かすバタフライなのだと。
 けれども、この時点ではトーマス自身もアルヴィンもそうは受け止めていなかった。アルヴィンの表情はどんどん翳ってゆく。自分の目前に広がる明るい未来だけを見ているトーマスと、トーマスを失うことと変わりようもない自分の世界に失望するアルヴィン。そうじゃない、それだけじゃない、二人の間にある素敵な関係に気づいてほしいと思ったが、そこから二人のすれ違いはどんどん大きくなってしまった。
 今なら、トーマスはアルヴィンの目を見ながら万感の思いを込めてバタフライを歌い、アルヴィンはそれをにこにこと天使の微笑みを浮かべながら聞いてくれるのではないか。

「素晴らしき哉、人生」

(※映画のネタバレ注意です)
 公式サイトにも再三、映画「素晴らしき哉、人生」を予習すべきと書かれていたので、事前に鑑賞した。モノクロの古い映画だったが、普通にとても心温まる良い話だった。ストーリー・オブ・マイ・ライフを見終えて、両者の通じるところを端的に言うと、「人は人との関わりなくして生きられない」ということだと思う。
 「素晴らしき哉、人生」では、終盤に主人公が自分の存在しない世界を見ることになる。自分は何の役も立っていないと思っていたが、自分の存在しない世界では、あるはずの町がなく、いるはずの人物がおらず、幸せなはずの世界は幸せでなくなっていた。自分がいなくなることで、様々なものが変わり果てていて、ちっぽけだと思っていた自分の存在が、他人の人生にも影響を与える力を持っていたことを気づかされる。ストーリー・オブ・マイ・ライフではどうだろう。一人の力で生きてきたと思った自分の人生が、実は他人との関わりで大きく影響を受けていたことを思い知る。トーマスの人格形成において、アルヴィンがいかに大きな影響を与えてきたことか。
 これは何もトーマスとアルヴィンに限った話ではない。トーマスが作家なので、著書の中にアルヴィンの発想を元にした逸話が描かれているため、顕著にその影響が見て取れるだけだ。通常はそこまで明らかではないものの、自分を形成している人格や価値観は、自分だけが作り上げてきたものではなく、他人の考えに影響を受けているものであり、他人の考えを一度自分の中に吸収し、咀嚼し、その他の考えとも統合しながら、自分の考えとして確立させている。あたかも自分が一から作り上げたかのように存在しているが、元を辿れば誰かの考えであったり、誰かと一緒に経験したことであったり、誰かとの関わりを通して学んだことだったりする。その誰かというのは、常に一緒にいる親しい人の場合もあれば、一瞬で過ぎ去る人物の場合もあれば、テレビや映画、本などの創作世界の登場人物の場合もある。そういった何千何万もの出会いを通して、大小の化学反応を起こしながら、今の自分が形成されていることに奇跡を感じるし、自分も同様に他人に影響を与えているかもしれないことに感動もする。人との出会いを大切にしたい。自分のことも大切にしたい。改めて、周りのものを愛おしく思える作品だった。

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 次回は「ストーリー・オブ・マイ・ライフ~私の物語」です。本作品とは関係ありませんが、ご興味ある方はどうぞ。