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観劇の記録。ネタバレご注意を。この橋の向こうにジャコブ通り。

マタ・ハリ⑥ ラドゥー3 ~あの眼差しにとらわれて

 ラドゥー編だけとんでもなく長編になっていますが、今回は闇の世界へ沈んでいくラドゥーへの想いをぶちまけたいと思います。ネタバレでしかありません。

闇の世界へ
 ラドゥーの色気に全身全霊持っていかれた後に、ラストシーンが待っています。マタへの熱くて歪んだ愛に狂いながらも、自分のなすべき任務に立ち戻り、その手でマタを裁く決意をするラドゥー。法廷では聴衆を煽りながら、嘘と真実を織り交ぜてマタを追い詰めます。そこに想定外に飛び込んでくる恋敵アルマン。ラドゥーからすると、アルマンは愛に狂ったただの男にしか見えていなくて、ラドゥーが重きを置いている任務やこの国の未来という大義名分からすると極めて邪魔者だったことでしょう。ただ、信頼してきた部下でもあったアルマンを殺すほど憎んでいたわけでもなく、愛に狂うな、目を覚ませ、自分だって任務のために断ち切ったんだぐらいに思っていたのではないかな。その意味では銃の暴発は不幸な事件と言えるでしょう。
 マタの運命は、ラドゥーが首相の提案を呑んだ時点で決まってしまっていて、そこに時計の針を動かす役目をラドゥー自ら担うことになってしまったわけです。ラドゥーは心を殺して、国家の正義を優先するための冷酷な決断を下しているわけですが、もう一つ、マタの命を自分が預かっていることで、マタを自分の支配下におく倒錯した愛もあったのではないかと私は思っています。誰かに取られるくらいなら強く抱いて君を壊したい…これは「最後の雨」(中西保志)ですが、みすみす誰かに取られるくらいなら、またはビッシングドイツの手で処刑されるくらいなら、自分の手で葬り去ることによって、精神を保つ光を見出そうとしていたのではないでしょうか。しかし、覚悟していたマタの制裁の前に、不幸にもアルマンを自分の手で亡き者にしてしまう。これがラドゥーには重苦しい事実としてのしかかり、戦争で狂いきった自分の理性がすっとリセットされたのでしょう。愛してると言って抱き合う二人を苦渋の表情で見つめるラドゥー。どう考えてもマタの愛は自分には向いていなかった。その厳然たる事実を目の前に突きつけられる。敵は戦争の相手国であったはずなのに、愛すべきマタを切り捨て、信頼していたはずの部下アルマンの命まで奪い、二人の愛も奪い、そうまでして守ろうとした自分の任務とは、自分の正義とは、国家の未来とは…、自分が信じてきたものが根底からぐらぐらと崩れ堕ちてしまうラドゥー。
 そして、自分がいかにマタを求めていたかも改めて知ってしまうんですよね。おうちラドゥーの場面では、愛などなくていいと言っていましたが、めちゃめちゃ愛を欲しがっていますよね。でもラドゥーのマタへの思いは、愛と呼べるのか。ただ単に、手に入らないおもちゃを欲しがる子供のような独りよがりの我が儘ではなかったか。歪んだ愛、支配欲に満ちた愛…、そんな愛情をいくら注いでも返してもらえることはないでしょう。不器用なラドゥーはその愛し方しか知らなかったんでしょうね。

 欲しがる 愛を知らぬまま
 もぎ取りたくて 届かずに

 女性には困っていなさそうな雰囲気も持っているんですが、こと本物の愛となると、恐らく誰からも愛されたことはなかったんでしょうね。だからどうやって愛すればいいかも分からない。綺麗な花があれば摘んで枯らしてしまう、美しい蝶がいれば手元に置きたくて標本にしてしまう、シャボン玉があれば掴もうとして弾けさせてしまう…そんな痛々しい一方通行の愛が垣間見えるんですよね。ラドゥーにとっては本物の愛だったかもしれないけれど、その愛し方では求めれば求めるほど、思いが深ければ深いほどに壊してしまいそうな。そうではない、そうではないのよ、ラドゥー。
 マタもアルマンも失い、自分の正義も見失い、命は落とさないにしても自分を責めて廃人のように生きていくであろうラドゥー。泣くことすらも自ら許さず、涙を流さないまま哀しみの淵を彷徨いそうな絶望。あぁ~そんなに自分を責めなくていい。誰か、誰かラドゥーを聖母のように抱きしめてあげてほしい。そのまま眠るまでそばにいてあげてほしい。誰もいないなら、私が抱きしめてあげたい。目を覚ましたら、もう鉄の仮面は取り外して、生まれ変わって心穏やかに生きてほしい。私の中で、とてつもなく狂った庇護欲が掻き立てられたラドゥー大佐でした。死んではいないけど、あの後生き続けるからこそ、その後のラドゥーの人生に光あれと願わずにいられないし、まさに、目を閉じ妄想に耽っては鏡の中にラドゥーを見る狂った日々が今なお続いています。

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 図らずも3回にわたってお届けしてきたラドゥー大佐編。長文にお付き合いいただき、有難うございました。「正義と愛に挟まれる苦悩」、「どストライクすぎる色気」、そして「闇落ちへの庇護欲」…こうやって振り返ると、私にとっては全方位ツボだらけで、堕ちるべくして堕ちたラドゥー沼だったなと感じます。当初は抜け出そうと必死にもがいていましたが、もう抗うことはせず、今後も身を委ねてまいりたいと思います(宣言?)。

 

 マタ・ハリ初演での衝撃的な出会いからもうすぐ4年。その当時からの悲願だったDVDがとうとう我が家にやってきました。早速マタ・ハリワールドに浸っています。本当に大好きな作品。加藤和樹さんラドゥーがイチオシですが、田代万里生さんラドゥーも大好きだし、アルマンもマタもピエールもアンナも美しいアンサンブルも、ストーリーも世界観ももう全てが大好きです。

 最高だったね 決して忘れない…

ありがとう、マタ・ハリ!再再演で会える日を心から楽しみにしています。

 

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