えとりんご

観劇の記録。ネタバレご注意を。この橋の向こうにジャコブ通り。

マタ・ハリ④ ラドゥー ~なぜ心きしむのか

 マタ・ハリのレポ、いよいよ満を持して私の最推しであるラドゥー大佐回です笑 ネタバレ注意です。


 私とマタ・ハリとの出会いのレポでも書きましたが、私の観劇ライフの大きな転換点となったのが加藤和樹さんラドゥーとの出会いでした。
 マタ・ハリという作品は、素直に見ればマタとアルマンの純愛ラブストーリーだと思いますし、その視点で見ればハッピーエンドではないにしても温かい素敵なお話だと思うんですよね。なのに、なぜか私はラドゥーばかり追いかけてしまい、そのせいで闇落ちに近い、とんでもなく重苦しいお話になってしまうのです。初演を見て、自分がラドゥーに引きずられていることに気づいたときには正直悩みました。私はどこか病んでいるんじゃないだろうかと笑 あまりにもラドゥー沼に直滑降で堕ちたので、自分でも何が刺さったのか分かりませんでしたが、沼で溺れてもがきながらも自分なりに分析してきました。真面目に言えば「自分のなすべき正義と愛に挟まれる苦悩」、包み隠さず言えば「どストライクすぎる色気」、そして「闇落ちへの庇護欲」です。それぞれについて書いてみたいと思います。ちなみに、100%加藤和樹さんラドゥーです。

苦悩
 特に再演では顕著だったと思うのですが、ラドゥー大佐の行動の根底には、自分に課せられた大きな任務のプレッシャーが常にあるんですよね。終盤に「君のキャリアもそれ次第だ」というパンルヴェ首相の言葉があるので、出世欲が強くて自分の出世と引き換えにマタを売ったようにも見えがちですが、私はそうは思っていません。「一万の命」で、目の前で犠牲になっていく同僚をどうすることもできない無念さ、しかもそれは、軍事諜報部大佐である自分が有益な情報を手に入れていれば戦況を覆せたかもしれないという自責の念、もしくは敵の方が情報戦に長けていた結果出し抜かれたのではないかといった忸怩たる思いが、ラドゥーを追い詰めます。この後に、脅しを入れながらマタにスパイを依頼するのも、アルマンに対して激昂するのも、最後に裁判でマタを追い詰めるのも、根底には一万の命を守るため、この国を救うためという強い決意があるわけです。だから、「一万の命」の歌はとても重要で、ストーリーの芯にあるラドゥーの覚悟が見えなくてはならない。それが再演では痛いほど伝わってきたと思うんですよね。「何でもする この戦争を早く終えられるなら」…これがまごうことなきラドゥーの使命感だったんでしょう。
 中でもマタをスパイとして利用することは、この戦争を勝ち抜くための重要なカードになり得るはずで、何としても成功させたい。ただ、首相に言われるまでもなく、敵にも近い存在であるマタは諸刃の剣でもあるので、怪しい動きをしないように最大限の警戒を払う必要がある。その大事な見張り役に据えたぐらいですから、部下のアルマンへの信頼はとても大きかったのでしょう。確かに、甘い顔立ちと謎めいた雰囲気はハニートラップには打ってつけだし、正義感も忠誠心もあって、そつなく任務をこなす有能な部下なんでしょう。まさかこっちが諸刃の剣になるとは思っていなかったんでしょうね。…いや、双方の美貌を考えると容易に想像できるところではあるので、ラドゥーの最大の作戦ミスとも言えますけどもね。
 ラドゥーの視点で見ると、ベルリンのスパイ活動で受け取ったペンを持ち帰るはずのマタが待てど暮らせど帰ってこない、勝手にリヨンに立ち寄っている、しかも自分の部下のアルマンと落ち合っている、その間にも戦局は悪くなる一方で、大事な同胞がこの瞬間にも命を落としているかもしれない…そりゃあ激昂もしますわね。荒ぶる心を落ち着かせて、アルマンにリヨンでのマタの行動を知っているかと問いかけます。ここで、リヨンで落ち合ったのも任務の一環だったとか、マタを確実に信用させるためのダメ押しの一手だったなどとアルマンが釈明すれば、ラドゥーも百歩譲って許したかもしれない。ところが、あろうことかアルマンはしれっと白を切る。この瞬間、ラドゥーの中で何かがブチ切れる音が場内に響き渡り、カンカンカンカンカン!対決開始のゴングが鳴り響きます!
 マタが魅力的なのは最初から分かり切っている。それを承知でハニートラップにお前を任命したのは、それでもお前は任務を全うできる人間だと信じていたからじゃないか(ラドゥー脳内=100%任務)!この戦局を勝ち抜けるかどうかはマタのスパイ活動にかかっているし、そのスパイ活動が成功するかどうかはアルマン、お前にかかっているんだ(任務)!そんな自明すぎる大局を見失ってマタとイチャコラしてきたとは一体どういう了見だ!(あれ少し私情が…)そんなことをさせるためにマタのところに送り込んだわけでもないし、くっそ、大体マタも何で本気でアルマンになびいてんだよ(え、私情)、俺は何でわざわざよりによってこの美男子アルマンをマタに送り込んじまったんだ(うん、私情)、アルマンより前にマタの魅力に目をつけていたのは俺なのに、俺だって毎晩幻影に囚われて悶々と過ごしてんだよ(間違いなく私情)、分かった、もういい、お前はパッシェンデール行きだ~~っ!!(ゼエゼエハアハア)
 途中から華麗に私情を挟んできていますが、基本的にはラドゥーはこの作戦に命を懸けていたわけで、信頼していたはずのアルマンに裏切られた怒りがフツフツと湧いてきて、さらには自分の中にあるマタへの抑えられない思いが爆発しているわけですね。理性と感情がぶつかり合う表情を永遠に見ていたいです。

 同様に、終盤で歌う「戦争に勝つために」。マタを自分の手で裁判にかけることを決意して歌う場面ですね。この時点ではマタへの情熱が燃え上がっていることを自分でも明確に自覚しているわけですが、それでもなお、その気持ちとは永遠に決別する覚悟を決め、戦争に勝つため、一万の命を救うため、フランス国民の士気を高めるため、マタを二重スパイに仕立て上げようとします。首相に肩を叩かれて下を向いた後、再度顔を上げた時には、鉄仮面の男に変貌を遂げていましたよね。心を殺し切ってしまうあの場面は鮮烈な印象で、個人的にはあそこはもう少し長めに葛藤を見せてほしいと思うぐらいです。ビッシング将軍が自分の手首を掴んでグワッッと雄叫びを上げる場面もそうですが、愛と正義を天秤にかけさせられて究極の選択を迫られる男の葛藤に心を鷲掴みされます。

 そして、そのまま裁判でも鉄の仮面をかぶり続けるラドゥー。初演の時は、ラドゥーは最初から最後まで鉄仮面をかぶっていると感じた記憶があるのですが(単に私の感じ方の問題です)、再演で改めて見ていると、確かに仮面をかぶっているのですが、一万の命では同胞を思う気持ちや自分を責める気持ち、アルマンとの対峙ではアルマンへの信頼を裏切られた気持ちやマタへの抑えきれない気持ち、おうちラドゥーでは当然ながらただの男の気持ち、などなど、実は色んな感情を滲み出していたんだなと気づきます。完全に人の心を殺して鉄の仮面をかぶるのは、最後の「戦争に勝つために」からなんですね。それだけに、自分に何度も言い聞かせるようなあの決意のナンバーは辛いですね。大佐がとうとう自分を追い込んで、破滅への道を歩み出す瞬間であり、大切なものや自分自身の心を葬り去ってまで優先しようとしているものは何なのか、何がそう変えてしまったのか、それが最終的に報われるのか、そう考えると胸が苦しくなります。

色気
 どうしよう。とんでもなく長くなってきました。ラドゥー編、終わる気配ありません笑 予定ではラドゥー編も1回で書ききるつもりでしたが、次回へ持ち越しとさせていただきます…。

 

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